こんにちは!今日はアメリカの歴史について!

大学の授業で興味があって受講したアメリカ男性史の授業で出てきた、ビートジェネレーション。

その時、先生が授業中に見せてくれた映画のトレイラーが好きすぎて、(いや実際は俳優さんがかっこよくって見入ってしまった)家に帰ってその映画をフルで見ました!

 

この映画は、Beat generationを生み出したアレン・ギンズバーグとジャック・ケルアックとウィリアム・S・バロウズの三人が出会ったコロンビア大時代のお話。彼らの学生時代を身近に起きた殺人事件を背景にルシアン・カーを含めた4人の青春ストーリー。とにかく、Lucien(ルシアン)を演じるDane Dehaanがほんとかっこくて鼻血レベル。こんな人直接見たらとろけちゃいそう。まあ、そんな個人的なことは置いといて、この映画を見た後、え、待って、Beat Generationってなに?と思うようになって、自分で色々調べて見ました。

(左ウィリアム・S・バロウズ、下ルシアン・カー、右アレン・ギンズバーグ)

Beat Generationとは??

第二次世界大戦後のアメリカ社会に現れた文学集団。彼らは「ニューヨークのアンダーグラウンド社会で生きる非遵法者の若者たち」と呼ばれ、賛否両論が渦巻いていたそう。

 

なぜBeat Generation(以下ビート)は出現した?

 

1950年代のアメリカは、高度成長期の入り「豊かな社会」になりました。そのため経済的に潤い、無理のない生活ができるように。そして機械化が進み、みんながメディアの流行に流されるようになり、トレンドを気にする人たちで溢れるNY。そういった画一的な社会のアメリカにビート達は絶望したそうです。それに加えて国民は、当時の大統領トルーマンによるアレン封じ込め作戦で、東西戦争・原爆・核戦争への恐怖に怯え、反共主義を唱えるマッカーシズムで「共産主義者」や「リベラル派」が無差別で逮捕されたりしました。この時の黒人は戦後も白人とは別次元の場所にいました。このようなアメリカの華やかな表面と、背後に政府の国民をコントロールする圧力、豊かな社会とかけ離れた黒人と人種差別の、光と影の中からビートは誕生したのです!!!

Sept 28, 1959, 108th St. East, New York, NY

 

始まりは、小説家のジャック・ケルアック、小説家のウィリアム・S・バロウズ、詩人のアレン・ギンズバーグの三人の出会い。

(ジャック・ケルアック)

(ウィリアム・S・バロウズ)

(アレン・ギンズバーグ)

 

ビートはそれぞれ個性のある人間の集まりで、考え方は様々。その中で互いの個性が互いを成長させていくと考え、表現する手段は、詩・文章・音楽・絵画などいろいろありました。生み出すものが違っても、目指す先は同じ場所。だから共鳴しあえるし、一緒にいられるし、集まることができる。彼らの求める新しい道とは、社会に組み込まれることを拒否すること。本格的に社会への犯行が始まったのは1940年代後半で、彼らは失われた人間の生活原理「人間性の回復」「原点の発見」へ向かっていきました。機械化を否定して、精神的にも物質的にも原点に帰って再出発することで、原始的な活力を求めたのです。(例えば、山にこもって自然と一体になってみるとか!自ら貧乏な環境を作って自分を追い詰めてみるとか!)そうすることで原点を発見できると信じて。①人間性の回復②自我の目覚め③原点の発見を目標に彼らは動いていきました。それはもちろん社会への反抗のため!

 

中心的な活動拠点はロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨーク、メキシコシティ。でもビートは放浪するので、これらを繋ぐ大きな三角形の中が活動領域と言えます。

 

それに加えて、禅を求めて日本へ、仏陀を求めてインドへ、麻薬を求めて南米へいくビートもいたようです。

 

このようにして彼らは探求(Dig)していきました。人間の奥底にある裸の精神を見ようとしました。Jazz,Sex,禅,マリファナ,タバコ,麻薬を使ったり楽しんだりすることで、奥底に隠れた人間の一部分が見え、それを追求したり、表現したりするためにDigしていきました。

”Art  Is Love Is God”(芸術は愛なり神なり)

これはビートがよく利用する場所にスローガンとして掲げられていた言葉。

ビート・ジェネレーションは1960年代のカウンターカルチャーや、ヒッピー文化に影響を与えました。(サイケデリックな思想とLSDなどのDrug Cultureによる自己解放)アメリカの有名スターも影響を受けた人が多いんだとか!

(可愛い、、、、)

 

本当に調べてよかった!!!生き方を考えさせられました!ビート精神にどハマりです!テレビ、漫画、ゲーム、アニメなど時代が進むにつれて文化の枠は広がっていますよね。そのような文化は大衆化されてしまうと大量生産されて商品になります。より多くの人に受けるように作品を作ることを強いられてしまっているような、、、?そして現代はスマートフォンが当たり前で、SNSが中心の社会です。私ももちろん使っています。ないと生きていけないくらい依存しています。SNSからインスピレーションを受けることもあるし、大切でもある!でもたまにはSNSから距離を置いて、ビートのように自分自身を追求していこうって思わされました。インスタグラムのためにとか、みんなが見ているからとか気にせず、社会の規範なんかほっといて(犯罪はダメだけどw)、自分が納得できて落ち着けるやり方で生きていきたいです!マジョリティとかマイノリティとかあるけど、マイノリティだから弱いってことじゃない。ビートを見れば、「マジョリティの中でマイノリティの精神で社会を歩むこと」について考えられると思います。本当にかっこいい!Beat Generation!!!!

参照:新訳ビートジェネレーション 北口幸太 著 2014年

# # #

2017-10-02

コメントを残す